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胸部大動脈瘤に対する最新の治療

心臓血管外科 森岡 浩一 副科長・講師 腰地 孝昭 科長・教授

胸部大動脈瘤とは

大動脈の正常径としては、一般に胸部で30mmであり、血管の壁の一部が局所的に拡張して直径が正常径の1.5倍を超えて拡大した場合に瘤(こぶ)と称します。

症状として、瘤の拡大による疼痛(とうつう)や瘤周囲の圧迫症状などを認める場合がありますが、無症状で経過することもあり、破裂すれば救命が非常に困難な疾患です。原因として最も多いのが動脈硬化性であり、高齢者の罹患が増加しているのが現状です。

特に、弓部大動脈瘤(きゅうぶだいどうみゃくりゅう)および遠位弓部大動脈瘤に対する治療は、医療の発達した現在でも、死亡率が5~10%程度と難易度が高い疾患の1つです。しかし、近年ステントグラフト内挿術(ないそうじゅつ)の登場により、治療法の選択肢が広がっている分野といえます。

標準術式(外科手術)

胸骨正中切開法が一般的です。一方、主に末梢側へ進展した下行大動脈瘤には、左開胸法が用いられます。そのほか、特に広範囲の大動脈瘤に対して、胸骨正中切開 + 左開胸、胸骨正中 + 横切開 + 左開胸(ドアオープン法)や両側開胸横切開などがあります。人工心肺を用いて体温を25℃まで冷却し、循環停止として脳動脈にのみ循環する選択的脳灌流法(のうかんりゅうほう)を用いて人工血管に置換(ちかん)を行います。

広範囲大動脈瘤に対しては、手術を2回に分けて行い、人工血管と動脈の末梢側の吻合(ふんごう)は、elephant trunk(エレファントトランク)*1を挿入し、2期目の治療(手術ないしはステントグラフト)に備えます。この方法をとることで、1回あたりの侵襲(しんしゅう)(体への負担)を低減することができます。

*1 elephant trunk:象の鼻のように人工血管を下行大動脈内に挿入し、2期的手術を可能とする方法

ステントグラフト内挿術(血管内治療)

弓部大動脈瘤に対する血管内治療は、高齢あるいは外科手術ハイリスク症例の患者さんに行われています。いまのところ、弓部大動脈瘤治療のために開発された枝付きステントグラフト、あるいは開窓型ステントグラフトなどの企業製造デバイスは、薬事承認されておらず、この領域へのステントグラフトの使用は、弓部分枝への非解剖学的*2バイパス術を併用したハイブリッド治療が中心となります。ただし、この弓部分枝へのバイパス手術を伴うハイブリッド治療は、脳脊髄(のうせきずい)神経合併症の発生率が、通常手術(体外循環使用)と比べても変わりなく、あくまで外科手術困難例、ハイリスク例が対象となります。

しかし下行大動脈瘤に対しては、ステントグラフト内挿術は低侵襲であり(図1)、手術成績も開胸手術と遜色なく、また脊髄虚血が原因とされる対麻痺(ついまひ)の発生も低頻度(ていひんど)と報告されています。従来6cmを超えてから、手術適応となっていたStanford(スタンフォード)B型大動脈解離後の瘤に対しても、早期のステントグラフト内挿術により(図2)、解離の入口部(エントリー)を塞ぐ治療ができ、最も手術侵襲の大きい胸腹部大動脈瘤(胸部から腹部にまたがる広範囲な動脈瘤)に至るまでに治療が可能になりつつあります。

*2 非解剖学的:正常の解剖と異なるルートを通る

図1 下行大動脈瘤に対するステントグラフト内挿術

図2 Stanford B型大動脈解離に対するステントグラフト内挿術

オープンステントグラフト法

弓部大動脈瘤手術において、末梢側(下行)大動脈縫合のみステントグラフトにて代用するオープンステントグラフト法(Frozen elephant trunk 法〈図3〉)は、死亡率や合併症発生率が通常手術に比べて、同等あるいは良好であるため、この領域の治療としてもう1つの選択肢といえるでしょう。

図3 弓部大動脈瘤に対するオープンステントグラフト法

特に、広範弓部大動脈瘤症例や、必要に応じてStanford A型大動脈解離にて、弓部置換を必要とする症例においては、この治療法が有用とされています。また、広範弓部-下行大動脈瘤においては、弓部手術の際に、elephant trunk を下行瘤内に挿入し、後日追加のステントグラフト内挿術(Thoracic Endovascular Aortic Repair:TEVAR)を行う2期的ハイブリッド手術で体への負担を減らす方法も普及しつつあります。

当科では、胸部大動脈瘤に対して、さまざまなオプションを用意しており、症例一人ひとりに最も適した治療を提供できます。

写真 心臓血管外科外来においての診療
患者さんに最も適した治療を説明しています