人生の最終段階における適切な意思決定支援に関する指針

Ⅰ.はじめに

人生の最終段階における治療の開始・不開始及び中止等の医療のあり方の問題は、従来から医療現場で重要な課題となってきました。厚生労働省においても、人生の最終段階における医療のあり方について、平成19年にガイドラインが策定され、平成30年には、近年の高齢多死社会の進行に伴う在宅や施設における療養や看取りの需要の増大、地域包括ケアシステムの構築に対応する必要性から、アドバンス・ケア・プランニング(Advance Care Planning: 以下ACPとする)の概念を盛り込み、医療・介護の現場における普及を図る目的で改訂されています。このような社会的な流れを受け、本院では、厚生労働省「人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン」に基づき、「人生の最終段階における適切な意思決定支援に関する指針」を作成しました。

Ⅱ.基本方針

人生の最終段階を迎える患者・家族等と医師・看護師・ソーシャルワーカー等で構成された医療・ケアチームが、患者にとって最善の医療・ケアを提供するため、患者・家族等に対し適切な説明と話し合いを行った上、患者本人の意思決定を基本とした医療・ケアを提供します。

Ⅲ.本指針の対象

本指針の適応症例は、原則以下とします。
・がん患者
・慢性疾患等により、回復の見込みがないと判断された患者
  ※頭部外傷・脳卒中急性期などの急性期重症患者は除きます

Ⅳ.人生の最終段階の考え方
1.人生の最終段階とは

人生の最終段階は、患者自身の状態を踏まえ、医療・ケアチームにて総合的に判断します。
・がんなどで予後1年未満と推定される場合
・慢性疾患の急性増悪を繰り返し、予後不良に陥った場合
  (回復の見込みが乏しい状態になった場合)
・脳血管疾患の後遺症や老衰など数か月から数年にかけて死を迎える場合

2.ACPとは

将来の変化に備え、将来の医療及びケアについて、本人を主体に、その家族や近しい人、医療・ケアチームが繰り返し話し合いを行い、本人の意思決定を支援するプロセスです。本人の人生観や価値観、希望に沿った、将来の医療及びケアを具体化することを目標にしています。

Ⅴ.人生の最終段階における医療・ケアの在り方

1.医師等の医療従事者から適切な情報の提供と説明がなされ、それに基づいて医療・ケアを受ける患者本
  人が、多職種にて構成される医療・ケアチームと十分な話し合いを行い、患者本人による意思決定を基
  本としたうえで、人生の最終段階における医療・ケアを進めていきます。
2.患者本人の意思は変化しうるものであることを踏まえて、患者本人が自らの意思をその都度示し、伝え
  られるような支援を医療・ケアチームで行い、患者本人との話し合いを繰り返し行います。
3.患者本人が自らの意思を伝えられない状態になる可能性があることから、家族等の信頼できる者も含め
  て、患者本人との話し合いを繰り返し行います。この話し合いに先立ち、患者本人は特定の家族等を自
  らの意思を推定する者(代理意思決定者)として前もって定めておくことを支援します。
4.人生の最終段階における医療・ケアについて、医療・ケア行為の開始・不開始、医療・ケア内容の変更
  、医療・ケア行為の中止等は、医療・ケアチームによって、医学的妥当性と適切性を基に慎重に判断し
  ます。
5.医療・ケアチームにより、可能な限り疼痛やその他の不快な症状を十分に緩和し、患者本人・家族等の
  精神的・社会的な援助も含めた総合的な医療・療養場の選択を含むケアを行います。
6.生命を短縮させる意図をもつ積極的安楽死は、本指針では対象としません。

Ⅵ.人生の最終段階における医療・ケアの方針の決定について

人生の最終段階における医療・ケアの方針決定は次のものとします。

1.患者本人の意思確認ができる場合

(1)医療・ケアの方針決定は、患者本人の状態に応じた専門的な医学的検討を経て、医師等の医療従事者
   より適切な情報の提供と説明を行い、そのうえで、患者本人と医療・ケアチームとの合意形成に向け
   た十分な話し合いを踏まえ、患者本人による意思決定を基本とし、多職種の医療・介護従事者にて構
   成される医療・ケアチームとして方針の決定を行います。
(2)時間の経過、心身の状態の変化、医学的評価の変更等に応じて患者本人の意思が変化しうるものであ
   ることから、医療・ケアチームにより、適切な情報の提供と説明がなされ患者本人が自らの意思をそ
   の都度示し、伝えることができるような支援を行います。この際、患者本人が自らの意思を伝えられ
   ない状態になる可能性があることから、家族等も含めた話し合いを繰り返し行っていきます。
(3)このプロセスにおいて話し合った内容については、都度、文書にまとめ、診療録に記載します。

2.患者本人の意思確認ができない場合

患者本人の意思確認ができない場合には、下記のような手順により、医療・ケアチームの中で慎重に判断します。
(1)家族等が患者本人の意思を推定できる場合には、その推定意思を尊重し、患者本人にとっての最善の
   方針をとることを基本とします。
(2)家族等が患者本人の意思を推定できない場合には、患者本人にとって何が最善であるかについて、患
   者本人に代わる者として家族等と十分に話し合い、患者本人にとっての最善の方針をとることを基本
   とします。時間の経過、心身の状態の変化、医学的評価の変更等に応じ、このプロセスを繰り返し行
   っていきます。
(3)家族等がいない場合及び家族等が判断を医療・ケアチームに委ねる場合には、患者本人にとって最善
   の方針をとることを基本とします。
(4)このプロセスにおいて話し合った内容については、都度、文書にまとめ、診療録に記載します。

3.複数の専門スタッフからなる話し合いの場の設置

上記1および2の場合における方針の決定に際し、下記の場合等においては、複数の専門スタッフからなる話し合いの場を別途設置し、方針等についての検討及び助言を行います。
・医療・ケアチームの中で心身の状態等により医療・ケアの内容の決定が困難な場合
・患者本人と医療・ケアチームとの話し合いの中で、妥当で適切な医療・ケアの内容について合意が得られ
 ない場合
・家族等の中で意見がまとまらない場合や、医療・ケアチームとの話し合いの中で、妥当で適切な医療・ケ
 アの内容についての合意が得られない場合

Ⅶ.おわりに

意思決定支援は、疾患を問わず重要な医療・ケアの一部です。本院は希望される方に適切な支援が行われるよう努めてまいります。
また、患者を主体としたACPを含む意思決定支援は本院だけにとどまらず、連携施設や介護施設、在宅においても、最期までその人らしい人生を全うできるよう、継続的な対応が求められています。本院においては平成 24年度より、がん患者とその家族の意向が退院後も尊重され、住み慣れた地域・自宅で適正な医療・ケアを受けながら、安心して生活ができるよう、がん在宅緩和ケア地域連携パス「やわらぎ日記」を作成・運用しております。今後も改定を加え、療養場所が変わっても、ACPに関する情報が医療・ケアチーム間で共有され適切な意思決定支援が継続されるよう、地域連携に力を入れていきたいと考えております。

【参考資料】
・人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン:厚生労働省/平成30年3月改訂
・人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン解説編:厚生労働省/平成30年3月改訂
・人生の最終段階における医療・ケアに関するガイドライン:日本医師会/令和2年5月

令和4年6月 病院長